生物が誕生して以来、火を自由に使うことができるのは未だに人間しかいません。原始時代に木と木を擦り合わせて火をおこし火種を保存するための方法を発見し考案したのは、まさに古代人の知恵であるといえます。火縄や線香、付木艾(つけぎもぐさ)など、いずれも生活の知恵から生まれた火を扱う方法は、それぞれの時代に合わせて、その姿・形を変えながらも私たちの生活には欠かせないものとなっています。
現在のマッチの元祖が発明されたのは、厳密には1916年のフランス人デロスンと言われています。しかし、実用的な形になったのは1827年英国の薬剤師、ジョン・ウォーカーによるものであるとされ、硫化アンチモニーと塩素酸カリと硫黄をゴムで固めたものを軸木の先端に付け、硝子紙で軽くこすることで発火させる摩擦マッチを製造し、市販したと伝えられています。

科学的な面で様々な科学者や研究者によって開発が重ねられた結果、今日の安全マッチが軸木原料の豊富なスウェーデンで工業化され、世界的に進出しました。そんな中わが国日本において、初めてマッチを工業的に生産したのは清水誠(1845-1899)です。渡仏した彼はそこでマッチの製造方法を習得し、日本でも本格的にマッチ工業が始まりました。明治10年前後のわが国ではまさにマッチ製造のブームを迎え、新規産業を創業する機運が高まる中、1880年には輸出額が20倍近くも跳ね上がるなど、産業界のみならず、日本国中が大きく勇気付けられた時期でもありました。
その後、第ニ次世界大戦下で原材料不足などがあり生産力が減少する中でも、その後のマッチ生産量は増加の一途をたどり、昭和48年(1973年)には、マッチの総出荷量は戦後最大の80万マッチトンに達しました。
1 : 頭薬 (マッチ軸の頭の部分)
酸化剤として酸素を供給し、硫黄・膠などの可燃物を燃焼させます。自分自身は燃えません。
可燃剤として使用され、非常に燃えやすい性質をもちます。マッチの品質として、塩素酸カリと硫黄の割合が極めて重要となります。
頭薬を自分自身の表面張力で整形し固める非常に大切なもの。
さらに可燃剤の働きを持っています。
調節剤で主剤の塩素酸カリの濃度を薄めるとともに、発火の際には、自信が融解し温度を下げ、燃料かすの発散防止と固化作用をする。
可燃剤として使用されています。
調節剤として使用されています。
着色剤として美観を調整するために使用されています。
2 : 横薬 (マッチ箱の側面の茶色い薬の部分)
発火剤の主剤で、硫化アンチモニーの発火助剤として使用されています。塩素酸カリとの摩擦によって発火します。
膠着剤として使用されます。
頭薬中の塩素酸カリ(酸化剤)と横薬中の赤燐(還元剤)が摩擦することにより、まず赤燐が発火し、この火が頭薬に燃え移ります。
これは、酸化剤と還元剤が摩擦することにより爆発・発火することを利用したもので、非常に低温で発火します。特に塩素酸カリと赤燐は反応があまり過激でなく作業性がよく、かつ低温発火する組み合わせの代表的なものです。この理論に対して、高速度撮影で暗い部屋で撮影し、横薬が発火し、頭薬へ燃え移ることは実験的に実証されています。しかし、その際の赤燐の発火温度、頭薬の発火温度等は測定する方法がありません。
赤燐のみの発火温度は260度C、頭薬の発火温度は170~180度Cから考えますと、摩擦熱によって発火しているとは考えられず、上記の酸化剤と還元剤の摩擦衝撃による爆発で発火すると考えます。従いまして、頭薬と横薬の摩擦さえなければ非常に安全です。


